大分県について

大分県(おおいたけん)は、九州地方の東部に位置する県。県中央部に位置する由布市湯布院町の由布院温泉、別府湾に接する

別府温泉は全国的に知名度が高い。

現在の大分県の名は、古来より国府が置かれていた大分郡(おおきたのこほり)に由来する。「おおいた」という読みは、「お

おきた」が転訛したものである。

さらに、大分郡の名の由来については、「豊後国風土記」によると、景行天皇がこの地を訪れた際に「広大なる哉、この郡は。

よろしく碩田国(おおきたのくに)と名づくべし」と感嘆して名づけ、これが後に「大分」と書かれたとされている。しかし、

大分平野は広大とは言えないため、実際には、狭くて入りくんだ地形に多くの田が造られている様子を形容した「多き田」が転

じて「大分」になったとするのが最近の定説である。

江戸時代、大分県にあたる地域(旧豊前国の一部と豊後国)には、中津、杵築、日出、府内(大分)、臼杵、佐伯、岡(竹田)

、森(玖珠)の八藩が分立した。さらに、肥後、延岡、島原藩の飛び領が点在し、日田には九州の幕府領を管轄する西国筋郡代

の代官所が置かれた。このため、他県のように大きな都市は形成されなかったが、代わりに各地に特色ある文化が生まれた。各

藩の城下町だった地域には、現在も武家屋敷等が残っているところが多い。

1871年(明治4年)11月14日 旧豊後国内に置県されていた佐伯県・大分県・岡県・日田県等の各県を併合し大分県が成立した。
1872年(明治5年)1月23日 大分郡南勢家(現在の大分市都町)に大分県庁が設置された。
1876年(明治9年)8月21日 宇佐、下毛両郡が福岡県より大分県に編入され、現在の県域が確定した。
posted by 社会人 at 00:00 | Comment(0) | TrackBack(0) | 九州
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